京都を流れる桂川のうち、「京都の奥座敷」とも呼ばれる丹波亀岡から、京都を代表する観光名所の一つである名勝・嵯峨嵐山までの約16kmの渓谷・保津峡の急流を約2時間かけて船で下る川下り。
京都を代表する河川の一つである「桂川」は、府の中央部にある丹波高地を源流とし、丹波の山間を巡って園部から亀岡市に至り、名勝・嵯峨嵐山へとたどり着いた後、渡月橋を経た後は京都市内西部を南流して、鴨川と合流して淀川となります。
このうち亀岡市から京都市右京区嵯峨嵐山までの区間は「保津川」と呼ばれ、また「保津峡」と呼ばれる峡谷美の美しい景勝地でもあり、一帯は京都府立保津峡自然公園に指定されています。
現在は「保津川下り」や「嵯峨野観光鉄道トロッコ列車」で国内外問わず人気を集める観光スポットですが、古くは保津川の水流を利用して豊富で質の良い丹波地方の産物を下流の京都や大阪に物資を輸送するための「水運」として利用されていました。
その歴史は古く、平安京よりも前の長岡京に都があった頃から行なわれといい、嵯峨の天龍寺や臨川寺、更には大阪城や伏見城の築城の際にも、保津川の水運を利用して遠く上流の丹波から筏で木材の輸送が行われ、建築資材として用いられました。
更に江戸初期の1606年(慶長11年)3月に高瀬川を開いたことでも知られる京都の豪商・角倉了以により保津川の開削が行われると、それまでは木材の筏流し程度であったものが、米・麦・薪炭などを船で輸送する産業水路へと生まれ変わります。
丹波と京都を結ぶ保津峡には巨岩・巨石が数多く横たわり、急流や難所も多かったことから、工事は難航しますが、巨額の費用と幾多の犠牲を払いながらも見事に完成し、保津川の船下りが今日のように盛んになる礎が、この時に築かれたといいます。
ちなみに保津川下りの終着点に近い嵯峨嵐山の西側の山腹にある大悲閣千光寺は了以が開削工事の犠牲者の霊を弔うために建立した寺で、了以の記念碑も建てられているほか、東側にある亀山公園にはその功績を称えて角倉了以の像が嵐山を見守るように建てられています。
その後、筏や荷船による水運の利用は1899年(明治32年)の国鉄(現在のJR)の山陰線の開通や、戦後のトラック輸送の発達により次第に減少し、第二次世界大戦後の1948年(昭和23年)頃には姿を消したといいますが、それに代わって明治の中頃からは観光客を乗せた川下りの営業がはじまり、大いに人気を博すようになります。
中でも大正時代から昭和の初期にかけては、1920(大正9年)のルーマニア皇太子や1922年(大正11年)の英国皇太子をはじめとする外国人客に歓迎されたといい、京都から当時の保津峡の入口・山本浜への道程は「異人街道」と呼ばれるほどの賑わいだったといいます。
また1926年(大正15年)には昭和天皇もこの保津川下りを体験しており、文豪・夏目漱石の「虞美人草」や三島由紀夫や水上勉などの文学作品にも川下りの場面が登場するなど、国内外の多くの文人や有名人にも愛されました。
現在も観光用の舟下りとして世界的に有名で、年間を通じて約30万人の観光客が川下りを楽しんでいるといいます。
保津川に沿って続く雄大な渓谷美に所々にカエルやライオンの姿などをした奇岩・巨石が趣を添え、それらの眺めを船上から間近に見ることができ、また急流に入れば岩の間を水しぶきが上げながらすり抜けていく、ジェットコースターさながらのスリルも味わえるのも魅力です。
その一方で船頭たちの操るかいの心地良い音をBGM代わりに鏡の様に穏やかな水面をゆっくり下りながら移ろう景色を楽しむこともでき、激流あり深渕ありの変化に富んだ景観を楽しむことができます。
動植物たちも見どころの一つで、ホオジロ、セキレイなどの野鳥の姿を目にすることができるほか、桜や紅葉、岩つつじや新緑、雪景色など四季折々の美しい景色が楽しむこともでき、とりわけ桜と紅葉の時期は大変な人気を集めています。
風景だけでなく船頭たちの棹・舵・櫂を操る熟練した技術や見事な竿さばき、そしてユニークなガイドも注目の一つで、3人の先頭が持ち場を交替しながら楽しいトークを披露し、時が経つのも忘れて川下りを楽しむことができます。(風や水量によっては4~5人で操ることも)
終盤には屋形船による販売も行われ、おでんやいか焼、みたらし団子のほか、ビールやジュースなどの様々なグルメを満喫できます。
「乗船場」はJR亀岡駅より約600m、徒歩約10分ほどの位置にある保津橋のたもとにあり、「下船場」は嵐山・渡月橋の北側。
1日7便の定期船の運行は3月10日から11月30日までの期間ですが、冬季にもお座敷暖房船が運行され雪の渓谷を眺めることも可能。
なお同じく嵐山と亀岡の間を結ぶ嵯峨野観光線の「トロッコ列車」とはルートが重なる部分も多いため、両者がすれ違うことも多いことから、乗客たちが互いに手を振り合うといった微笑ましい光景を目にすることもできます。
このため行きは嵯峨嵐山からトロッコ列車に乗車し、帰りに保津川下りで嵐山へ戻ってくるという、両方を同時に楽しむといった観光の仕方もおすすめです。