相国寺

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相国寺

足利義満が創建し五山文学の中心地として栄える

臨済宗相国寺派大本山で京都五山第二位。京都御苑の北、同志社大学に隣接。 室町3代足利義満が創建し当時は高さ109mの七重大塔もあった。 豊臣秀頼寄進の法堂は最古の法堂建築で天井の狩野光信作・蟠龍図は鳴き龍として有名。 寺宝や文化財も数多く承天閣美術館に収蔵。塔頭に有名な金閣と銀閣

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相国寺とは?(基本データ)

名前
相国寺(しょうこくじ)
エリア
京都御所
ジャンル

寺社 沙羅双樹 商売繁盛 京都五山 神仏霊場会 雲龍図 坐禅体験 除夜の鐘 開山忌・御忌

正式名
相國承天禅寺(相国承天禅寺)(しょうこくじょうてんぜんじ)
建立・設立
1382年(永徳2年)発願、10年の歳月をかけて1392年(明徳3年)完成
1984年(昭和59年)4月、相国寺創建600年記念事業の一環としてを承天閣美術館を開館
創始者
[開基] 室町幕府第3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)
[開山] 夢窓疎石(むそうそせき)
[中興] 西笑承兌(さいしょうじょうたい)
宗派
臨済宗相国寺派大本山
山号
萬年山(万年山)(まんねんざん)
本尊
釈迦如来
寺紋
離れ二つ引き両
五七桐(ごしちのきり・ごしちぎり)
札所等
京都五山 第二位
神仏霊場巡拝の道 第99番
アクセス
  • 京都市営地下鉄烏丸線「今出川」駅下車 徒歩約5分
  • 京都市営バス「同志社前」(59・201・203号系統)下車 徒歩約5分
  • 京都市営バス「烏丸今出川」(51・59・急102・201・203号系統)下車 徒歩約7分
  • 京都バス「烏丸今出川」(45・51系統)下車 徒歩約7分
駐車場
承天閣美術館専用駐車場
自家用車10台(無料)
拝観料
境内自由
■春・秋の特別拝観(春は法堂・方丈・浴室、秋は法堂・方丈・開山堂)
├一般 800円
├65歳以上・中高生 700円
└小学生 400円
※団体割引は20名以上(100円引)
※障害者と介護者1名は無料
■承天閣美術館
├一般 800円(団体700円)
├65歳以上・大学生 600円
├中・高生 300円
└小学生 200円
※団体割引は20名以上
※障害者と介護者1名は無料
※開催中の展示により入館料変更の場合あり
お休み
特別拝観中は無休(本山行事の場合を除く)
■承天閣美術館
└年末年始、展示替期間(展覧会会期中は無休)
拝観時間
■春・秋の特別拝観
└10:00~16:30(受付16:00まで)
■承天閣美術館
└10:00~17:00(受付16:30まで)
住所
〒602-0898
京都府京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町701
電話
075-231-0301
075-241-0423(相国寺承天閣美術館事務局)
FAX
075-212-3591
075-212-3585(相国寺承天閣美術館事務局)
公式サイト
相国寺 臨済宗相国寺派
万年山 相国寺 臨黄ネット
臨済宗相国寺派 全日本仏教会

相国寺の地図

相国寺のみどころ (Point in Check)

京都市上京区今出川通烏丸東入ル、京都御苑(京都御所)およびその北にある同志社大学今出川キャンパスの北側に伽藍を有する京都を代表する禅宗寺院の一つで、臨済宗相国寺派大本山。

京都の代表する観光名所として著名な世界遺産の「金閣寺(鹿苑寺)」および「銀閣寺(慈照寺)」を山外塔頭として統括している寺院です。

「相国」とは国を助け治めるという意味の中国から来た名称ですが、日本では左大臣の位を相国と呼んでおり、相国寺の創建者・足利義満が左大臣であったことから名付けられたと言われています。

南北朝時代を終息させ、後に金閣を建てるなどし栄華を極めた室町3代将軍・足利義満が1382年(永徳2年)より10年の年月をかけて創建。

別格の南禅寺、一位の天龍寺に次ぐ京都五山の第二位とされ、室町時代には五山文学の中心地として栄えて多くの高僧を輩出し、禅文化の興隆に貢献しました。

また足利将軍家のみならず伏見宮家および桂宮家ゆかりの禅寺でもあり、周文やその弟子で山水画を大成した有名な水墨画家の雪舟(せっしゅう)は相国寺の出身の画僧です。

度々火災に見舞われて衰退と再建を繰り返していますが、その中で「法堂」は豊臣秀頼の寄進によるもので国の重要文化財に指定。
そしてその堂内の天井に描かれた狩野光信筆の「蟠龍図」は、手を叩くとその反響音がまるで天井の龍が鳴いているように聞こえることから「鳴き龍」と呼ばれよく知られています。

それ以外の現在の伽藍の大部分は江戸後期、19世紀初頭の文化年間に再建されたもので、建造物は新しいものが多いものの、境外塔頭の金閣寺(鹿苑寺)や銀閣寺(慈照寺)のものも含め寺宝や文化財を多く所蔵しており、1984年(昭和59年)にはこれら一山の美術品を一堂に集めた「承天閣美術館(じょうてんかくびじゅつかん)」が建造されて定期的に公開されています。

寺宝としては「無学祖元墨蹟(むがくそげんぼくせき)」が国宝に指定されているほか、金閣寺(鹿苑寺)の書院にあったという伊藤若冲による襖絵や、長谷川等伯による「竹林猿猴図屏風(ちくりんえんこうずびょうぶ)」、円山応挙の「七難七福図巻(しちなんしちふくずかん)」「孔雀牡丹図(くじゃくぼたんず)」などが知られています。

足利義満が自らの邸宅「花の御所」の隣に建立した一大禅宗伽藍

義満による創建

1382年(永徳2年)、室町幕府3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)が室町幕府を開いた祖父・足利尊氏(あしかがたかうじ)の天龍寺建立にならって自らの邸宅「花の御所」の隣接地に一大禅宗伽藍を建立することを発願。
この時に相国寺の建立を義満にすすめたのは天龍寺の開山・夢窓疎石の弟子にあたる臨済宗の僧・義堂周信(ぎどうしゅうしん 1325-88)だったといいます。

そして第100代・後小松天皇(ごこまつてんのう)の勅命を受け、約10年の歳月を費やして1392年(明徳3年)に伽藍を完成させました。

当初は義満の禅の師だった春屋妙葩(しゅんおくみょうは 1312-88)に開山を要請しますが、妙葩は自らの師である夢窓疎石を開山とするなら、自分は2世住職になると返答したため、疎石が開山(勧請開山)となったといいます。
ただし妙葩自身も相国寺伽藍の完成を見ずに1388年(嘉慶2年)に没しています。

京都五山第二位としての繁栄と火災による衰退と再建

山内に禅宗寺院を統制管理する「僧録司(そうろくし)」を置き、禅宗行政の中心的存在として、また五山文学の中心地として栄え多くの高僧を輩出しましたが、たびたび火災に見舞われ、衰退と再建を繰り返しています。

伽藍の完成から2年後の1394年(応永元年)には早くも全焼。
この時は6世住持の絶海中津(ぜっかいちゅうしん 1334-1405)が落胆する義満を励ましてその復旧に努め、1407年(応永14年)には復興を果たしています。

そしてこの間の1399年(応永6年)に完成した「七重大塔」は高さ109mともいわれ、日本様式の仏塔では史上最も高いものだったといわれていますが、1403年(応永10年)に惜しくも落雷によって焼失しています。

ちなみに近代に入った1914年(大正3年)に日立鉱山の煙突(高さ155.7m)が竣工されるまでのおよそ515年もの間、高さ歴代日本一の構築物の記録は破られなかったといいます。

しかしその後も
義満没後の1425年(応永32年)に出火により再度全焼
1467年(応仁元年)の「応仁の乱」の際には東軍・細川方の陣地となったため焼失
1551年(天文20年)にも細川晴元と三好長慶が争った「天文の乱」に巻き込まれて焼失
と計4回の焼失を経験することとなります。

桃山時代の復興

その後桃山時代に入り、1584年(天正12年)に相国寺の中興の祖とされる西笑承兌(さいしょうじょうたい 1548-1608)が第92世の住職となると、豊臣氏の外護を受けて復興が進められ、このうち1605年(慶長10年)に豊臣秀頼によって建立された法堂は今も現存し国の重要文化財にも指定されています。

そして江戸時代に入った1609年(慶長14年)には、江戸幕府を開いた徳川家康(とくがわいえやす)が三門を寄進。
更に第108代・後水尾天皇(ごみずのおてんのう)が皇子・穏仁親王の追善の為に宮殿を下賜して開山塔とし、その他の堂塔も再建されました。

しかし1788年(天明8年)の「天明の大火」に遭い、法堂と浴室、そして塔頭9院を残して再び焼失してしまいます。

江戸後期の復興と現在

それから約20年後の1807年(文化4年)に第116代・桃園天皇(ももぞのてんのう)の皇后・恭礼門院(きょうらいもんいん 1743-96)の旧殿の下賜を受け、それを開山塔として再度建立。
同年には方丈・庫裏も建造され、壮大だった往時の状態に復興するに至りました。
現在の伽藍の大部分はこの文化年間に再建されたものです。

そして現在は12の境内塔頭寺院、および山外塔頭として世界遺産として有名な金閣寺(鹿苑寺)や銀閣寺(慈照寺)、そして真如寺の3院を統括するほか、全国に約90余カ寺の末寺を擁する臨済宗相国寺派の大本山として法灯を灯し続けています。

相国寺の施設案内

アクセス

京都御苑(京都御所)の真北、同志社大学の今出川キャンパスに隣接する位置にあり、最寄駅は市営地下鉄烏丸線の今出川駅より徒歩5分程度と交通アクセスは大変良い位置にあります。

駅の出口を出ると烏丸今出川の交差点であり、ここから今出川通を東へ進んで今出川御門のT字の交差点を左折し、同志社大学と同志社女子大学に挟まれた参道を北へ進んで総門より入場するか、あるいは烏丸通を北へ進み、同志社大学のキャンパスを過ぎた上立売通で右折して西門より入場するのが一般的なルートですが、他に北門と東門からも入場が可能です。

境内

創建当時は室町一条あたりに総門があったといわれ(南の境)、北は上御霊神社の森、東は寺町通、西は大宮通にわたり、約144万坪の壮大な敷地に50余りの塔頭寺院があったといいます。

度々火災に遭っていることから創建当時のものは残っておらず、現存の伽藍の大部分は江戸後期の文化年間(1804~18年)の再建。
ただしこの時にも三門および仏殿は再建されませんでした。

このため現在は1605年(慶長10年)に豊臣秀頼の寄進により再建された法堂に本尊が安置され、仏殿の役割を兼ねています。

ちなみに法堂は日本最古の法堂建築として国の重要文化財にも指定されており、この他にも方丈、庫裡、開山堂、勅使門、総門、浴室、鐘楼、蔵経塔、弁天社が京都府指定の有形文化財に指定されています。

伽藍配置としては南側の総門のすぐ隣にある勅使門から、北へ三門跡、仏殿跡、法堂、方丈と一直線に伽藍が並び、その左右に開山堂や浴室、経蔵や鐘楼などのほか、塔頭寺院が点在しています。
塔頭寺院は境内の北側にもいくつか門を構えており、更に境内の北東に寺宝を収蔵・公開する承天閣美術館があります。

塔頭

塔頭寺院は境内塔頭が12あり、更に山外塔頭として世界遺産として有名な金閣寺(鹿苑寺)や銀閣寺(慈照寺)、そして真如寺の3院があります。

境内塔頭は
西側に小説家・水上勉(みずかみつとむ 1919-2004)が幼い時に暮らし小説「雁の寺」のモデルにもなったという瑞春院があり、
南側に養源院、普広院、玉龍院、光源院の4院、
東側に相国寺修行道場である「専門道場」を兼ねている大通院、「鶯宿梅」という名梅が現存する林光院の2院
そして北側に大光明寺、豊光寺、長得院、慈雲院、慈照院の4院があります。

中心伽藍

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    今出川御門

     

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    参道

     

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    総門

     

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    石標

     

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    参道

     

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    勅使門

     

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    放生池

     

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    天界橋

     

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    三門跡

     

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    般若林(アカマツ)

     

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    仏殿跡

     

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    拝観受付

     

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    法堂

     

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    蟠龍図(鳴き龍)

     

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    開山堂(開山塔)

     

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    開山塔庭園(龍渕水の庭)

     

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    唐門

     

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    庫裏宗務本所(香積院)

     

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    方丈

     

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    方丈西庭園

     

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    九重桜

     

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    裏方丈庭園(北庭園)

     

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    大書院

     

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    小書院

     

境内東側

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    承天閣美術館

     

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    駐車場

     

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    紅葉

     

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    禅堂

     

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    大通院(専門道場)

     

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    東門

     

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    薩摩藩士墓

     

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    林光院(鶯宿梅)

     

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    弁天社

     

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    宗旦稲荷社

     

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    洪音楼(鐘楼)

     

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    光源院(行者堂)

     

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    玉龍院

     

境内西側

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    道標

     

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    西門

     

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    瑞春院(雁の寺)

     

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    参道

     

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    駐車場

     

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    普広院(普廣院)

     

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    養源院(毘沙門天)

     

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    経蔵(宝塔)

     

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    後水尾帝歯髪塚

     

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    御所八幡社(護国廟)

     

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    天響楼(鐘楼)

     

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    WC

     

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    浴室(宣明)

     

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    本山墓地

     

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    藤原頼長墓

     

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    長州藩士墓

     

境内北側

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    大光明寺

     

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    豊光寺

     

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    長得院

     

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    北門

     

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    般若林

     

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    法然水

     

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    慈照院(大黒天)

     

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    慈雲院(和敬学園)

     

関連

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    足利将軍室町第址

     

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    真如寺

     

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    金閣寺(鹿苑寺)

     

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    銀閣寺(慈照寺)

     

周辺

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    京都御苑

     

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    同志社女子大学今出川キャンパス

     

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    同志社大学今出川キャンパス

     

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    地下鉄今出川駅

     

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    ファミリーマート

     

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    大聖寺(御寺御所)

     

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    俵屋吉富

     

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    京菓子資料館

     

相国寺の主な年間行事・カレンダー

特別拝観

3月下~6月上

春の特別拝観

法堂・方丈・浴室の特別公開
法堂に安置されている本尊・釈迦如来像および天井に描かれた狩野光信筆の「蟠龍図(鳴き龍)」や方丈裏庭園が見所

9月下~12月中

秋の特別拝観

法堂・方丈・開山堂の特別公開
法堂に安置されている本尊・釈迦如来像および天井に描かれた狩野光信筆の「蟠龍図(鳴き龍)」や紅葉の美しい方丈裏庭園や開山堂庭園(龍渕水の庭)などが見所

年中行事

1/1~1/3

歳旦行事(さいたんぎょうじ)

正月に法堂や方丈にて修正・大般若転読祈祷会を行い、仏法の興隆、国家の安泰、世界の平和、五穀の豊穣、そして檀信徒をはじめとする有縁の人々の平安無事を祈願する
仏前に供えられた般若札は法要後に檀信徒に配られ、護符として玄関などに貼られる

1/15

臨済忌・百丈忌・西笑忌・独園忌

「臨済忌(りんざいき)」とは、臨済宗の宗祖である中国唐の禅僧・臨済義玄(慧照禅師)(りんざいぎげん(えしょうぜんし) ?-867)の忌日(命日)である旧暦1月10日に行われる報恩謝徳の法要
「百丈忌(ひゃくじょうき)」とは、禅林清規、即ち禅宗寺院の規則を定めた「百丈清規(ひゃくじょうしんぎ)」を定めたことで知られる中国唐の禅僧・百丈懐海(大智禅師)(ひゃくじょうえかい(だいちぜんじ) 720-814)の忌日(命日)である旧暦1月17日に行われる報恩謝徳の法要
西笑承兌(さいしょうじょうたい)は第92世住職で相国寺中興の祖とされ、荻野独園(おぎのどくおん 1819-95)は第126世住職で明治の廃仏毀釈の際に日本の禅宗を守るために奔走した人物

1/21

天眞忌

 

1/31

雪安居解制(せつあんごかいせい)

「解制(かいせい)」とは、安居(ここでは雪安居)の制を解くこと。

2/1

常光忌

 

2/15

涅槃会・鹿苑五長老忌・舎利会

「涅槃会(ねはんえ)」とは、三仏会の一つで、仏教の祖である釈迦の入滅の日(亡くなった命日)である陰暦2月15日にその遺徳を偲んで行われる法要

4/8

誕生会(たんじょうえ)

三仏会の一つ
釈迦の誕生日を祝う法要で、花御堂の中に誕生仏を安置し、甘茶をかけて供養を行うことから、俗に「花まつり」とも呼ばれる
ちなみに誕生仏は釈迦が誕生した際に右手で天、左手で地を指し「天上天下唯我独尊」と唱えた姿を象ったものだという
法堂の須弥壇の中央に美しい花で飾られた「花御堂(はなみどう)」を据え、美しい梵唄(ぼんばい)が堂内に流れる中、その周囲を「浴仏偈(よくぶつげ)」を唱えながら行導(お練)を行う

5/1

雨安居結制・入制開講

「安居(あんご)」とは、主に禅宗において僧が一か所に籠り集団で修行すること
このうち夏(陰暦の4/16~7/15)に行うものは雨安居(うあんご)ないし夏安居(げあんご)と呼ぶ
上制は「結制(けっせい)」ともいい安居に入ること

5/21

鹿苑忌・崇陽忌

鹿苑院(ろくおんいん)は相国寺を創建した室町幕府第3代将軍・足利義満の法号

6/17

観音懺法(かんのんせんぽう)

「懺法(せんぼう)」とは、自ら知らず知らずのうちにしてしまった諸悪の行いを懺悔して、互いの心の中にある「むさぼり・怒り・愚痴」の三毒を取り除き、自分の心を静め清らかにするとともに、僧侶および参拝者ともどもご先祖に対し報恩感謝の誠を捧げる
「観音懺法(かんのんせんぽう)」は大慈大悲を御心とし、苦を抜き楽を与える観世音菩薩の前で、自己の罪業を懺悔する儀式で、相国寺の年中行事の中でも最も重要な儀式の一つ
もとは「請観音経」に基づいて出来たもので、正しくは「請観世音菩薩消伏毒害陀羅尼三昧儀」といい、鎌倉時代に渡来した仁恭石梁(せきりょうにんきょう)、清拙正澄(せいせつしょうちょう)、および開山・夢窓疎石の3人の僧により協作で、夢窓国師から2世・春屋妙葩へと伝えられた
三門円通閣の上で修行する「閣懺法」を起源とし、古来より京都の年中行事の一つに数えられていたが、天明の大火で三門を焼失して以降は1808年(文化5年)より方丈において行われている
観音懺法では方丈の中央に釈迦と脇侍の文殊・普賢の「釈迦三尊像」の仏画3幅を、両脇に「動植綵絵」の30幅を15幅ずつ掛けて行われていたが、これらは江戸時代の絵師・伊藤若冲(いとうじゃくちゅう 1716-1800)が10年がかりで制作し1770年(明和7年)に相国寺に寄進したもの
しかし明治期の廃仏毀釈で疲弊した相国寺を立て直す資金を得るため、1889年(明治22年)に「動植綵絵」が皇室へ献上されて以来、全てが一度に揃うことは無かったが、2007年(平成17年)に足利義満の没後600年にあたり「動植綵絵」全幅を宮内庁三の丸尚蔵館より借りて承天閣美術館にて公開され、作品全てが120年ぶりに勢揃いした
また2006年(平成18年)より6年がかりで「釈迦三尊像」「動植綵絵」の全33幅のコロタイプ複製が作られ、2013年(平成25年)からは方丈にコロタイプ複製版の「釈迦三尊像」「動植綵絵」全33幅が掛けられ、江戸時代の荘厳な観音懺法を再現して行われるようになった

6/21

蔵経諷経

 

7/21

蔵経諷経

 

8/1

山門施餓鬼(さんもんせがき)

「施餓鬼(せがき)」とは、お盆の時期に行われることが多い仏教行事の一つで、生前の悪行により餓鬼道に堕ち、常に飢えと乾きに苦しむ霊や魂に食事を施して供養する法会のこと

8/2・8/3

暁天講座(ぎょうてんこうざ)

方丈にて地元の室町学区を中心に開催
早朝5:30より坐禅と法話・講話、その後粥座でお粥を全員で頂く

8/7

墓地施餓鬼

 

8/21

後水尾天皇忌

第108代・後水尾天皇(ごみずのおてんのう)は江戸時代に皇子・穏仁親王の追善の為に宮殿を下賜し、相国寺の創建に尽力した

9/1

萬拙座元忌・若冲忌・丹心忌・聖諦忌

 

9/21

仏光忌

 

9/23

彼岸講中斎(ひがんこうちゅうさい)

「彼岸(ひがん)」とは、太陽が真東から真西に沈むことから、西方浄土の「あの世」と「この世」が最も近づく春分・秋分の日を中日(ちゅうにち)とした7日間を指す
一般的にこの時期には日頃無事に過ごせていることに感謝し、先祖の墓参りをしたり、寺院では先祖の霊を慰め、成仏を祈る法要が執り行われる
「講中斎(こうちゅうさい)」とは、寺の若い修行僧である雲水(うんすい)が日頃の修行を応援してくれている在家信者に対しお礼と感謝の気持ちを込めて精進料理を振舞う行事

10/1

金剛寿院忌

 

10/3・10/4

普明忌(ふみょうき)

相国寺第2世・春屋妙葩(普明国師)の忌日法要
10/3に宿忌、10/4に半斎

10/5

達磨忌(だるまき)

二祖忌の一つ
ダルマ人形でも有名な達磨(だるま)大師はインドから中国に禅の教えを伝えた人物で、中国における禅宗の始祖とされている
その忌日(命日)である陰暦10/5に禅宗寺院で行われる法要

10/20・10/21

開山毎歳忌(かいさんまいさいき)

相国寺の開山である夢窓疎石の忌日(命日)に行われる法要で、相国寺の行事の中で最も大きな行事の一つ
法堂の須弥壇の中央に夢窓国師の慈像を安置し供物が供えられる
10/20に「宿忌(しゅくき)」の法要、10/21に「半斎(はんさい)」の法要(「献粥諷経(けんしゅくふぎん)」および供物を供える「奠供(てんぐ)」)
両日ともに楞厳呪(りょうごんしゅ)を読誦し行導(お練)を行う

11/1

雪安居結制・入制開講

「安居(あんご)」とは、主に禅宗において僧が一か所に籠り集団で修行すること
このうち冬(陰暦の10/16~翌年1/15)に行うものを雪安居(せつあんご・ゆきあんご)ないし冬安居(ふゆあんご)と呼ぶ
上制は「結制(けっせい)」ともいい安居に入ること

11/21

仏国忌・恭礼門院御忌

1807年(文化4年)に第116代・桃園天皇(ももぞのてんのう)の皇后・恭礼門院(きょうらいもんいん 1743-96)が下賜した旧殿を開山塔として相国寺の再興が進められた

12/1~12/8

臘八大接心(ろうはつおおぜっしん)

「臘八」とは、臘月の八日(12/8)日の略で、禅宗において12/1より釈迦の成道の日である12/8まで昼夜を問わず行われる坐禅会
「大接心(おおぜっしん)」とは、修行僧が坐禅・禅問答にひたすら打ち込む大修行のこと

12/8

成道会(じょうどうえ)

三仏会の一つ
釈迦がブッダガヤの菩提樹の下で成道、即ち「悟り」を開いた日を記念して行なう法要

12月冬至

冬至祝聖(とうじしゅくしん)

「祝聖(しゅくしん)」とは、禅宗寺院において毎月1・15日に天皇陛下の無病息災を祈る法要のこと

12/31

除夜の鐘(じょやのかね)

僧侶に続いて一般参拝者が撞くことができる、人数制限なし
鐘楼「洪音楼」は袴腰付鐘楼と呼ばれる珍しいものでその中でも大型の部類に入る

毎日・月並行事

毎月1日

祝聖(しゅくしん)

禅宗寺院において毎月1・15日に天皇陛下の無病息災を祈る法要のこと

毎月21日

開山忌(かいさんき)

相国寺の開山である夢窓疎石の月命日に行われる法要

毎月第2・第4日曜

坐禅会(ざぜんかい)

戦前から続いている「維摩会」という居士(在家信者)のための坐禅会
明治時代に第126世・荻野独園によりはじめられ、名前の由来は「維摩経」の主人公である維摩居士からつけられたものだという
9:00~10:30まで坐禅の後、10:30~11:00まで法話
初めての方には当日別室にて坐禅指導あり
1月第2日曜、8月第2・第4日曜、12月第4日曜は休会

不定期

教化活動委員会研修会

あらゆる社会問題を取り上げ、様々な分野の先生を講師として研修会を開催

花ごよみ

2~3月

梅(ウメ)

洪音楼(鐘楼)の傍らに白梅
また塔頭「林光院」に「鶯宿梅(おうしゅくばい)」という平安時代の歴史書「大鏡」に登場する由緒を持つ銘木がある
天暦年間(947~956年)、村上天皇の時代に御所の清涼殿の「左近の梅」が枯れたため、代わりの木を探したところ、二条西ノ京にあった紀貫之の娘・紀内侍の屋敷に名木があることが分かり、天皇の勅命で御所に移植されることになる
紀内侍は梅との別れを惜しみ「勅なれば いともかしこき鶯の 宿はと問はば いかが答へむ」と詠んで短冊を枝に結んだ
(勅命とあれば喜んで献上しますが、ウグイスに毎年宿にしている梅はどうなったのかと問われたら、何と答えればいいのでしょう?)
この歌のことを知った村上天皇は、その詩情を憐れんで梅を返し、以来、この木は「鶯宿梅」あるいは「軒の紅梅」と呼ばれるようになり、また御所の左近の梅は「左近の桜」となったという
その後、室町3代将軍・足利義満の第2子である4代将軍・足利義持の弟で25歳で早世した足利義嗣の菩提を弔うために紀内侍の邸宅跡に林光院が建てられ、梅も寺に引き継がれ、林光院の2度の移転の度に移植されたという
初代は枯死したが、歴代の住職が接ぎ木して受け継ぎ大切に守り、現在ものは鴬宿梅の子孫にあたるもので樹齢百年余の八重咲き、一つの木に白花、薄紅、絞りの花が混ざる「思いのまま」という珍しい品種
ただし林光院は非公開寺院であるため通常見ることはできない

3月下~4月上

桜(サクラ)

裏方丈庭園(北庭園)の「九重桜」は1985年(昭和60年)頃に常照皇寺にある国の天然記念物「九重桜」の苗木を寄贈されたもので、「春の特別拝観」で見学できる
他にも境内に背の高い山桜が仏殿址や法堂の左手前のアカマツの周辺などにいくつかある
塔頭の光源院や豊光院にも

6~7月

沙羅双樹(サラソウジュ)

浴室前

7~8月

蓮(ハス)

南側の総門をくぐってすぐ左手、天界橋のかかる放生池に鉢植えの蓮、様々な品種がある

11月中~11月下

紅葉(こうよう)

開山塔庭園(龍渕水の庭)では白砂の石庭の背後の築山に見事な紅葉があり、裏方丈庭園の紅葉と合わせて「秋の特別拝観」で見学できる
その他にも松の多い広々とした境内の各所で紅葉やイチョウが楽しめる
特に鐘楼「洪音楼」のそばや法堂の周辺、庫裏の脇、承天閣美術館の通路などが綺麗に色づく

相国寺の口コミ

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