京都府亀岡市千歳町毘沙門奥條、JR亀岡駅より北へ約2.5kmの所にある曹洞宗寺院で、「丹波七福神めぐり」の第1番札所。
当地は古の頃に毘沙門天が牛松ヶ谷の大岩へ天降り、村民がこれを百足山に請じて産土神として鎮祭して以降「毘沙門村」と称するようになったと伝えられ、開創については、江戸末期の火災による資料類焼失により不詳ですが、寺伝によれば京都府八幡市にある神応寺の別院として建立されたのではないかと言われています。
また戦国時代の1575年(天正3年)に明智光秀が亀岡に入国するや、急遽築城しようとして近隣の寺社仏閣の建造物や敷石などを駆り集めた際に毘沙門堂も亡失したと古文書には記されているといいます。
その後、堂は復元され明治初年まで同地に鎮座していましたが、1873年(明治6年)に境内の八幡宮を百足山に遷座し、毘沙門天を仏法擁護の神として神応寺内に転祭して現在に至っています。
境内に安置する「毘沙門天像」は木造極彩色、左手に鉾を持ち右足にて鬼神羅刹を踏まえ、向かって左に吉祥天、右に善膩子童子を脇侍として従え、笑顔と財宝を授けてくれる毘沙門さんとして古くより親しまれており、毎年正月の初寅の日には開扉され祭典が行われています。
本堂の裏手に300体以上の石仏を安置する「石仏庭園」があることで知られ、毎年8月23日には「石仏万灯会」が開催され約1万本のロウソクが灯され、供養と祈願が行われるとともに境内が幽玄の世界に包まれるほか、「花の寺」の別名を持ち、四季折々の花々に包まれた石仏庭園では「瑞雲三十三観音めぐり」をすることもできます。
また第1番札所となっている「丹波七福神めぐり」は、千歳町の牛松山の山麓、いにしえの古山陰道沿いに第7番札所「東光寺」までの約5kmを約2時間で巡るコースで、正月に巡るとご利益が多いとされる七福神めぐりの中でも日本一早回りの七福神めぐりといわれ、ウォーキングコースとしても人気があるといいます。