京都市東山区新橋通大和大路東入3丁目林下町、京都東山の華頂山麓、知恩院の山門の北西に位置する尼寺で、「善光寺参り」で有名な信州・善光寺大本願の京都別院。
華頂大学と華頂女子中学・高校の間の参道を進んだところにあり、戒壇めぐりと一初(イチハツ)のお寺としてよく知られている寺院です。
1894年(明治27年)9月、善光寺大本願の京都別院として、同寺の117世・誓圓尼(せいえんに)の発願により創建されたのがはじまり。
誓円尼は幼名を真喜宮といい、皇族の伏見宮19代・邦家親王の3番目の王女にして、明治天皇のおばにあたる人物で、余生を静かに暮らすために信州から京都に戻り、その隠居所の中に建てたのた当寺だったといいます。
この点、明治初期はまだ交通網が発達しておらず、関西から信州に向かい「善光寺参り」をするのは大変だったことから、関西の女性のために、関西近くで善光寺如来との縁を結ばせたいとの思いから建立を思い立ったのだといいます。
本尊仏として信州善光寺の一光三尊阿弥陀如来の分身を安置するほか、堂内にある3体の塑像「三公像」は、中央が本田善光(ほんだよしみつ)という人物で、両脇の像は彼の奥さんと息子の像となっていますが、この本田善光は阿弥陀像を大阪から長野へお連れし善光寺を創建した人物で、善光寺の寺名も彼の名前が由来となっています。
本堂は規模は小さいながらも、信州・善光寺とまったく同じ造りで建てられているといい、中でも本堂下には善光寺と同じ間闇の戒壇があり、暗闇を歩く中で本尊・阿弥陀像と繋がっている「鍵」に触ると本尊との結縁ができ、ご利益が得られ罪が祓われると言われている「戒壇めぐり(かいだんめぐり)」を体験することができるようになっています。
ちなみに功徳としては現世と来世のご利益である現当両益(げんとうりょうやく)のほか、現世の罪を消滅させ、死後の善報を生じさせる減罪生善(めつざいしょうぜん)のご利益があるといわれています。
また四季折々の花が咲くことでも知られ、中でも5月初旬に咲く一初(いちはつ)で有名。
一初はアヤメの一種で、アヤメ科アヤメ類の中で1番早く咲くことからこの名がついたといわれていて、乾燥した土壌に育つことから、昔は火災や台風などから家を守る厄除けの花として萱葺(かやぶき)屋根の頂上部分に植えられていたといわれている花です。
境内には紫と白の2色の約200本のイチハツをはじめ、ドイツアヤメなどの珍しい品種もあり、当院は通常非公開の寺院ですが、毎年これらの草花が境内を彩る4月下旬から5月中頃まで、特別公開が行われていて、期間中は、コンサートや式包丁などのイベントも開催されるほか、手づくりの「大根シャーベット(500円)」も毎回大人気だといいます。
この他にも本堂左側にある小さな祠は白天龍王を祀る「白天龍王社」といい、元々は大阪にあったものですが、戦争時に大阪が空襲に遭うといった噂が流れ、燃えては大変とこちらに移設されたといい、本院の鎮護を司るほか、芸事や商売の神様として信仰を集めているといいます。
また近くには明智光秀公の首塚があるほか、東大路通沿いには丈夫な帆布製カバン等を販売する一澤帆布2店があり、併せて訪れるのもおすすめです。