京都市西京区嵐山北松尾山、保津峡の京都市と亀岡市の境付近の京都市側にある嵯峨野観光鉄道の嵯峨野観光線、通称「トロッコ列車」の駅。
「トロッコ列車」は京都を代表する観光名所である名勝・嵐山のJR嵯峨嵐山駅と連絡する、トロッコ嵯峨駅からトロッコ亀岡駅までの片道約7.3kmを約25分で結ぶ観光列車。
JR西日本旅客鉄道の完全子会社である嵯峨野観光鉄道(株)が運営し、「嵯峨野トロッコ列車」の通称で親しまれて、四季折々の保津川渓谷の美しい景色が満喫できるとして近年人気を集めています。
営業開始は1991年(平成3年)のこと。
1989年(平成元年)3月にJR山陰本線(嵯峨野線)の嵯峨駅(現在の嵯峨嵐山駅)~馬堀駅間が複線化のため新線に切り替えられたことをきっかけに、使われなくなった旧山陰本線の線路の一部を利用して観光鉄道を走らせることで新たな観光資源として活用する目的で、1990年(平成2年)に新会社として「嵯峨野観光鉄道株式会社」が発足しました。
そもそも観光列車を走らせるということ自体に賛否両論があったという中、社長以下スタッフわずか9名からスタートしたというこのプロジェクトは、廃線後しばらく放置され荒れ果てていた路線の整備や美化にスタッフが一丸となってコツコツと取り組み、企画や営業活動を行った結果、1991年(平成3年)4月27日にトロッコ列車の第1号の出発へとこぎつけることができたのでした。
そして乗客数は当初予測していた初年度年間23万人をはるかに超える69万人をを記録し、現在では年間100万人を超える利用客を数えるまでに成長しています。
「保津峡駅」は1929年(昭和4年)8月17日に国鉄山陰本線の「松尾山信号場」として開設された後、1936年(昭和11年)に旅客駅化され「保津峡駅」として開業、1987年(昭和62年)4月1日の国鉄の分割民営化によってJR西日本(西日本旅客鉄道)の駅となります。
1989年(平成元年)に嵯峨駅(現在の嵯峨嵐山駅)~馬堀駅の間が新線に切り替えられ複線化された際に現在のJR保津峡駅の位置に移転され、当地にあった駅施設は使用されなくなりましたが、1991年(平成3年)4月27日に嵯峨野観光線、通称「トロッコ列車」が開業されるにあたり、旧JR山陰本線の保津峡駅の設備を活用し「トロッコ保津峡駅」として再開業され、現在に至っています。
かつては相対式ホーム2面2線の駅でしたが、現在は単式ホーム1面1線の駅となっているものの、随所にJR保津峡駅時代の名残りが残されており、大自然に囲まれた保津峡の渓谷美に加えて趣のある駅舎と駅名標、更には古来より「他を抜く」という縁起があって商売繁盛を願って店先に飾られたという大小のたぬきの像がプラットホームに置かれていて、見る者の心を癒してくれます。
そして2001年(平成13年)には「鉄道の日」記念行事の一環として近畿地方の特徴ある100の鉄道駅を選んだ第2回「近畿の駅百選」にも選定されています。
ちなみに現在のJR保津峡駅は駅前の保津川に架かる吊橋の「鵜飼橋」を渡り、府道50号を西へ約1kmあまり進んだ所にあり、徒歩約15分で到着できる距離にあり、一帯はハイキングコースとしても人気で、とりえわけ桜や新緑、紅葉の時期には多くのハイキング客で賑わいます。
その他にも毎年12月に開催される2005年(平成17年)12月より始められた新たな京都の冬の夜の風物詩「嵐山花灯路」においては、期間中にトロッコ嵯峨駅~トロッコ保津峡駅の間で臨時列車を運転するほか、列車の保津峡駅到着時間にあわせてトロッコ保津峡駅をイルミネーションにより装飾するイベントも開催されています。