京都市左京区上高野上荒蒔町、宝ヶ池公園より高野川を挟んで東側を南北に通る白川通の「上高野荒蒔町」の東側にある叡山電鉄の叡山本線・鞍馬線の駅。
比叡山の西麓から高野川の左岸(東岸)へと広がる一乗寺・修学院・上高野の修学院学区の一番北にある上高野地区の西端に位置し、白川通が高野川にぶつかりまっすぐ北の岩倉方面へ向かう府道105号と、大原・八瀬方面へと続く国道367号とが高野川の手前で分岐する花園橋の交差点を約200mほど下がった所にある駅です。
1925年(大正14年)9月27日に電力会社・京都電燈が経営する叡山電鉄の平坦線の「山端駅(やまばなえき)」として開業したのがはじまりで、駅名の由来は駅のすぐ南側、修学院の西隣にある山端地区から。
その後1927年(昭和2年)に電力会社・京都電燈と京阪電気鉄道の合弁会社として設立された鞍馬電気鉄道が1928年(昭和3年)12月1日に山端~市原間を開業させるとその接続駅となり、1929年(昭和4年)12月20日には鞍馬電気鉄道と京都電燈の間で乗り入れが開始されます。
そして1942年(昭和17年)3月には戦時統制によって京都電燈が解散されるのを受け、同社の京都および福井での鉄道事業を分離・引き継ぐために「京福電気鉄道」が設立され、嵐山線・北野線・叡山線の路線継承によって京福電気鉄道の駅となります。
一方、駅のすぐ西側の松ヶ崎丘陵に囲まれた場所にある「宝ヶ池」は、江戸中期の1763年(宝暦13年)頃に松ヶ崎村の農業用のため池として造られた人工の池でしたが、戦前の1942年(昭和17年)に防空緑地として都市計画が決定されると、数回の計画変更を経て、市民の憩いの場としての宝ヶ池を中心とした広域公園として整備され、その園内東側に1949年(昭和24年)に整備されたのが「京都競馬場(宝ヶ池競輪場)」で、京都市主催による宝ヶ池競輪が開催され、開催日には多くのファンが詰めかけたといいます。
これを受けて競輪場への輸送に対応するために1949年(昭和24年)12月には元田中から当駅まで「京都市電」の直通運転が開始され、1954年(昭和29年)には駅名も「宝ケ池駅」と変更され、京都市電の直通運転は1955年(昭和30年)9月1日まで続けられたといいます。
しかし京都市議会にてギャンブル施設を市営にて運営することに対する異議が相次いだことを受けて、当時の市長の決断によって1958年(昭和33年)に競輪場は廃止されることが決まり、また1961年(昭和36年)に京都国際会館が岩倉盆地南側の宝ヶ池の北側に建設されることが決定こともあって宝ヶ池公園の整備が大幅に進められ、1964年(昭和39年)に「こどもの楽園」が整備され現在に至っています。
その後、自動車社会の到来に伴って1976年(昭和51年)3月31日に京都市電の今出川線が全線廃止されて市バスに転換されると、出町柳駅が他の鉄道と接続しない孤立したターミナルとなり、京都市内中心部と直結する路線バスに乗客が流れて叡山本線・鞍馬線の利用客が一気に減少したことで京福および京福を配下に持つ京阪グループの経営を圧迫する事態に。
そこで経営体制の見直しが図られることとなり、1985年(昭和60年)7月に京福の全額出資で叡山電鉄株式会社が設立されると、翌1986年(昭和61年)4月1日には京福が叡山電鉄に叡山線の鉄道事業を譲渡する形で叡山電鉄叡山本線の駅となりました。
更にその後、叡山電鉄が1991年(平成3年)に株式の60%が京福から京阪に売却され、2002年(平成14年)3月には全株式が京阪に売却されて京阪の100%子会社となったため、現在の叡山電鉄叡山本線は京阪グループ傘下の駅となっています。
島式1面・相対式2面4線のホームの地上駅で、出町柳駅を起点とする叡山電鉄の列車がこの敵で叡山本線と鞍馬線とに分岐される叡山電鉄唯一の分岐駅であり、白川通に面し国道367号の高架橋が線路を跨ぐすぐ北側の「上高野荒蒔町」の交差点の東側にあり、駐車場と民家に挟まれた道を入るとすぐ駅の入口、そして入口を入った所が駅の構内踏切のあるホームの南端となっていて、そこから
手前西側の4番ホームが鞍馬線の貴船口・鞍馬方面
真ん中手前の3番ホームが鞍馬線の出町柳方面
真ん中奥の2番ホームが叡山本線の八瀬比叡山口方面
一番奥の1番ホームが叡山本線の出町柳方面
という並びでホームが設置されています。
そして分岐駅ですが叡山本線は出町柳から八瀬比叡山口駅まで、そして鞍馬線は出町柳から鞍馬までの直通運転が行われていいることもあって乗り換えは少なく、そのため無人駅で改札口もなく、各ホームの中ほどは上屋で覆われ、2・3番ホームには待合室も設置されています。
踏切の東西には有料駐輪場、南側にはコインパーキングがあり、駅の西口を出てすぐの白川通沿いに宝ヶ池バス停が設置され、駅の周辺は白川通沿いを除いては山に挟まれた狭い住宅地となっています。
駅の西側を流れる高野川を挟んだ西側にある前述の通り元々は競輪場であった宝が池公園東端の「こどもの楽園」に近いほか、北西約1kmの所には地下鉄国際会館駅があり、徒歩圏内となっています。