京都市西京区大原野小塩町、善峯寺の1.5kmほど手前にある天台宗の寺院。
山号は小塩山(おしおざん)、本尊は延命地蔵菩薩。
詳しい創建の経緯については不明ですが、平安初期の850年(嘉祥3年)、第55代・文徳天皇(もんとくてんのう 826-58)が染殿皇后(そめどののきさき 829-900)(藤原明子(ふじわらのあきらけいこ/めいし))の安産祈願のため伝教大師最澄作の延命地蔵を安置したのがはじまり。
これによって後の第56代・清和天皇(せいわてんのう 850-81)が誕生し、寺は藤原氏の祈願所となり発展したといい、また皇后が出産の際に地蔵菩薩のお腹に巻かれていた腹帯を自分のお腹に巻いたことにちなんで「腹帯地蔵尊」とも呼ばれ、「子授け・安産」のご利益で知られるようになり、毎年8月23日に年に1度だけ御開帳されています。
その後「応仁の乱」の兵火で一時は荒廃しますが、江戸初期の寛文年間(1661-73)に藤原北家の系譜を引く公家・花山院定好(かざんいんさだよし 1599-1673)によって再建されました。
そして本堂は江戸中期の1750年(寛延2年)に右大臣・藤原常雅により再建されたもので、屋根が鳳輦の形をしているのが珍しいといい、またこの時に造られたという中庭は「立って見る」「座って見る」「寝て見る」という3つの見方で感じ方が変わることから「三方普感の庭」と呼ばれていて、寝ながら庭園を楽しむことができるのは非常に珍しいといえます。
本堂にはこの他にも第65代・花山法皇(かざんほうおう 968-1008)が「西国三十三所巡礼(西国観音霊場)」を再興した時に背負ったと伝わる自作の「草分観世音(くさわけかんぜのん)」があり、「禅衣観音(おいずるかんのん)」とも呼ばれて信仰を集めていて、西国三十三所巡りをする人は一番最初にお参りしなければならない観世音とされています。
また十輪寺は平安初期の歌人で六歌仙、三十六歌仙の一人である在原業平(ありわらのなりひら 825-80)が晩年隠棲したと伝えられているゆかりの寺であることから「業平寺(なりひらでら)」の通称でも知られています。
「在原業平」は平城天皇の皇子阿保親王(あぼしんのう)と桓武天皇の皇女である伊登内親王(いとないしんのう)との間に生まれ、826年に兄・行平らとともに在原姓を賜り、蔵人(くろうど)、右馬頭(うまのかみ)、そして右近衛権中将(うこんえのごんのちゅうじょう)などを経て蔵人頭となりました。そして在原の五男で中将だったので「在五(ざいご)」と呼ばれ、また権中将となったため「在五中将」とも呼ばれたといいます。
歌才に恵まれ、古今集仮名序に六歌仙随一の歌人として「心あまりて詞(言葉)たらず」と評されているなど、その歌風は詠嘆が強く情熱的で「古今和歌集」をはじめとする勅撰集に88首と数多くの歌が収録されているほか、家集「業平集」が「三十六人集」の中に収められています。
「伊勢物語」は業平をモデルに主人公として描いた歌物語といわれていて、紀貫之もその著書「土佐日記」において尊敬の念を抱いていたと記しています。
その一方で容姿が美しく、清和天皇の女御となった二条后こと藤原高子(ふじわらのこうし/たかいこ 842-910)や伊勢斎宮・恬子内親王(やすこないしんのう)との密通などその自由奔放な振る舞いで色好みの典型として伝説化され、美女の小野小町に対する美男の代名詞として、後世の様々な文芸の題材とされています。
代表歌としては、まず桜について詠った歌として
「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」
そして紅葉について詠った歌で、「小倉百人一首」にも選ばれている
「ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれなゐに 水くゝるとは」
藤原高子との密通によって東下りとなり都への望郷の念を詠ったという
「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ」
「名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」
そして藤原高子との障害の多い恋愛関係について詠んだ
「月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして」
このような業平にゆかりの寺院として芸事上達・縁結びの信仰があるといい、またその他にも境内には業平の墓とされる「宝篋印塔」があるほか、業平が塩を焼きその煙で藤原高子への思いを伝えたとされ周辺一帯の「小塩」の地名の由来にもなっているという「塩釜跡(しおがま)」があり、更に行事としては毎年5月28日の業平の命日に執り行われる「業平忌三弦法要」や11月23日には前述の塩釜にちなんだ「塩がま清めの祀り」などがあります。
この他にも豊かな自然に囲まれた境内では四季折々の景色も楽しむことができ、中でも中庭に植えられている樹齢約200年の枝垂桜は通称「なりひら桜」と呼ばれ、桜の名所として親しまれていて、2014年(平成26年)のJR東海の「そうだ 京都、行こう。」の春のキャンペーンの舞台にもなっています。
また夏には大きな睡蓮、秋は参道の「なりひら紅葉」など境内一円で美しい紅葉が楽しむことができ、更に近年はこれらの四季折々の季節や各節句に合わせて美しくユニークな御朱印が頂けるとして人気を集めています。