嵯峨油掛地蔵とは?(基本データ)
- 名前
- 嵯峨油掛地蔵(さがあぶらかけじぞう)
- エリア
- 嵐山・嵯峨野
- ジャンル
- 建立・設立
- 1310年(延慶3年)
- 創始者
- 平重行
- 宗派
- 真言宗大覚寺派大本山大覚寺の管轄
- 山号
- 本尊
- 石造阿弥陀坐像(油掛地蔵)
- 寺紋
- アクセス
- 駐車場
- なし
- 拝観料
- 境内自由・無料
- お休み
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- 拝観時間
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- 住所
- 〒616-8346
京都府京都市右京区嵯峨天龍寺油掛町30 - 電話
- 075-881-3596
- FAX
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- 公式サイト
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京都市右京区嵯峨天龍寺油掛町、京福電鉄嵐山本線(嵐電)の「鹿王院」駅のすぐ東を南北に走る道路に沿って北へ約300m進んだ先、東西に流れる有栖川に架かる「油掛橋」すぐそばにある辻堂(小さな祠)に鎮座する大きな石仏。
この点「油掛地蔵」として地元の人々に親しまれていますが、実際は花崗岩で作られた高さ170cm程の石造の「阿弥陀如来坐像」で、鎌倉後期「延慶三年(1310年)」に平重行を願主に建立との銘のある歴史ある石像です。
古くよりここを通る油商人は必ずこの地蔵に油をかけて祈願していたといい、記録上最も古いものとしては江戸初期の1680年(延宝8年)の書物に油売り商人が油をかけて祈願した風習が記されていますが、その後油商人から一般庶民にも浸透したと考えられ、現在も地域の人々によって大切に管理され、多くの参拝者が訪れています。
ちなみに当時の油といえばかなりの貴重品であり、その貴重な油をお地蔵さんにお供えすることにより、商売繁盛や家内安全、健康長寿を願掛けしたのだといいいます。
この点、同様に油を掛けることでご利益を得られるという「油掛地蔵」は全国にみられますが、京都市内では同寺のほかに伏見区上油掛町の「西岸寺」と、右京区梅津中村町の「長福寺」と3箇所のものがよく知られています。
油をかけて祈願すると諸願成就するといわれることから、体中が油で覆われており表面は黒く顔もはっきり判らないほどです。
ただ掛札には「大覚寺油掛地蔵尊」とあり、昔から地元の人達が大切に守ってきた油掛地蔵尊に戦後奉賛会等が作られ、その経緯は不明ながらも大覚寺の管轄に入ったと言われています。
またすぐ横を流れる有栖川に架かる「油掛橋」から、北の丸太町通へと続く川沿いには、桜が植えられており春は見事な桜並木が広がります。
伏見区上油掛町
右京区梅津中村町
堂内に油掛地蔵
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